私たちの班は、岸先生の知り合いでパレスチナ難民の支援をしている、Kamal(カマル)さんにインタビューすることにしました。
私たちも最初はパレスチナ難民について、詳しく知りませんでした。
しかし、カマルさんと話したことで、すごく遠い存在だったものが、少し近くに感じられました。
ところで、そもそも難民とはどのような人達でしょうか。
難民とは ―what is refugee.―
(UNHCR ホームページより)http://www.unhcr.or.jp/ref_unhcr/world/africa/
1951年に採択された難民の地位に関する条約によると、難民とは「人種、宗教、国籍、政治的意見やまた特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受ける恐れがあるために他国に逃れた」人として定義づけられています。現在の難民はこのような人々に限らず、紛争や政治の混乱のせいで家を離れ、安全な地域に避難せざるを得なくなった人々や、人権侵害を逃れるために国外へ庇護を求めた人々も難民とされます。2013末時点で世界では5120万人もの難民がいて、そのうちの50%が18歳以下の子どもでした。国連パレスチ難民救済事業機関(UNRWA)対象者であるパレスチナ難民は約500万人で、世界の難民の約10人に1人がパレスチナ難民なのです。
少し固くなりましたが(笑)
ここからは自らもパレスチナ難民でありながら、難民支援を行っているカマルさん自身が語るストーリーをお楽しみください。
私には帰る国がありません。-I have no nationality.―

シリアに家族みんなで住んでいましたが、ある日家の前で戦闘がはじまりました。逃げ出すことも難しかったのですが、夜中になんとかこっそり逃げ出すことができました。そのあと、ダマスカスに移り住みましたが、そこでもミサイルが飛んできて、家のタンクが破壊され、水も電気も使えなくなりました。爆風で窓は飛び散りました。子供を守らなければならない。家族を守らなければならない。私はヨルダンに逃げることを決めました。しかし、長期滞在の許可は簡単ではありません。ねばり強い交渉の末、ようやく家族を呼び寄せられたものの、まだシリアには親族や友人が残されている状況です。
スウェーデン等に逃げる選択肢もありましたが、私は未だ離れている家族のため、それを選びませんでした。私は家族のため、そして自分と同じ境遇の難民のために今働いています。
私もパレスチナ難民の一人。-I am one of the Palestinian refugees.―
私を含め、私の祖母や祖父、母も戦争のせいでパレスチナから退去することを強いられました。そして国連はその当時、パレスチナ難民を支援する組織を作りました。それがUNRWAです。UNRWAは多くの側面からパレスチナ難民を支援していますが、その主な活動は教育に関することです。教育の他には健康面、社会福祉面、人権などの支援も行っています。
すべての子供たちに教育を。-to become the schools as a friendly environment for everybody―
私たちの仕事は教育に関することです。様々なプロジェクトを行っていますが、それらはすべて、子供たちが安心して学べる場所を作るという目的のための活動です。パレスチナ難民の子どもたちは、いろいろな経験をして苦しんでいます。だからこそ学校を誰でも受け入れる、彼らの「家」のような場所にしたいと思うのです。すべての子供たちに、心理的にも社会的にも「受け入れられている」といった気持ちを与えたいと思っています。例えば、パレスチナでは非常に重要な問題であるジェンダーの問題を学校でどう扱うべきなのかについて、先生に指導したりもします。このように、教員の指導・評価をすることで、教育の質を高めています。
Q&A
Q, 難民支援の形は様々ですが、なぜ教育に携わろうと思ったのですか。
A. Education can change the situation.
自分自身が知識を身につけ、周りの人々に伝えていくことができるからです。そして、避難先で仕事も何もすることができない難民の人たちに教えることで、その人たちの自立を手助けすることができるからです。
Q. 辛い経験などを今までにして、仕事を変えようと思ったことはありませんか。
A.I really want to change my job all the time…
今の仕事はproductive(生産的)でcontact(人とのつながりがある)でcommunicative(コミュニケーション重視)です。教育政策の決定に携わることができ、子どもだけでなくスタッフの力になれていることにとても充足感を得ています.
しかし、仕事を変えたいとは常に思っています。というのも、少しでも早く難民がいなくなり、私の仕事が必要とされなくなることをのぞんでいるし、私自身も難民としてではなく普通に暮らし、普通に働ける日を夢見ているからです。
もし将来その夢がかなっても、やはり教育に携わりたいと思っています。しかし今は、家族や友人、母国の人々の役に立ちたいと思い今の仕事をしています。
Q. 仕事の原動力は何ですか。
A. Children’s smiles motivate me
やっぱり、陽気で元気な子どもたちの笑顔ですね。特に、ワークショップを開くのが楽しいです。教師も自分の知識を伝える場を持てるし、子どもたちも笑顔になることができます。子どもの笑顔を見たら元気になるし、自分の全てを掛けてでも明るく楽しい生活を守っていきたいと思っています。
Q. そのワークショップを通して、何を伝えようとしていますか。
A. I want children to know WHAT IS HAPPINESS.
子どもたちの教育を支援することによって、家族やその他のコミュニティの大切さ、そして幸福がどういうものなのかを、彼らに知ってほしいと思っています。また、将来のために子どもたちの自信や競争力を高めさせたいとも考えています。しかし何よりもまず、生き抜く力と、少しでも安全でいるための手段を教えたいです。
Q. これからはどうしていきたいですか。
A. I will try to help the people left in Palestine
やはり家族、友人、母国パレスチナの人のために働きたいです。
しかし今自分は家族と一緒に過ごせていますが、母国に残してきた親戚や友人には何もしてあげることができません。それは本当に辛いし彼らに申し訳なく思っています。将来は場所を問わず苦しんでいる人々の力になりたいです。そして現状を何か変えられたらと思います。
Q. 日本の学生に何かできることはありますか。
A. Get to know and pray for them, and we can be connected with beyond borders.
そう言ってくれることが本当に嬉しいです。ありがとう。
まずは、苦しんでいる難民の存在を知り、注目してほしいです。彼らについて学んだら、TwitterやFacebookなどのSNSや学校を通して自分の周りの人から少しずつ拡散してほしいと思います。そしてそれが日本全体を包んだら、きっとそれはシリアに何かしらの形で伝わってくるはずです。そして一番できたらいいのは、日本とシリアで恊働することではないでしょうか。




