「やったことがないことを、私たちはどうやって乗り越えていくのか」
そもそもこういうテーマについて、話し合えるなんてすごく面白い!
インプロやmini playを経験した後のグループリフレクションで、学生たちからみんなで話し合いたい(振り返りたい)テーマを出してもらったところ、ひなこが本トピックを提案してくれた。
いやいや、この視点が面白い。あまりにも面白いと思ったので、横で聞いているだけではウズウズするだけで気になって仕方がないので、私も参加させてもらった。
まのには、学生たちのダイアローグの様子をビデオにとるように言われていたのをすっかりわすれて・・・(笑)
improやmini playでは、多くの学生にとって「やったことがないことができた」「苦手だと思っていたことができた」という経験になったようである。私にとってもそうかもしれない。あの場では、「いつもと違う私」をパフォーマンスする。講義の授業で、靴を脱ぐなんてありえない。学生を口説く(好きになっちゃったという設定だったので^^)こともありえない。そもそも口説いた経験なんてない。なのに、それができてしまう、それはなんでだろうか。

※ガヒョンさんを口説く私。なぜか足を組む方向がガヒョンさんに向く(笑)。
いくつかあるんだろうけど、私が特にこれ!って思ったのは、“inauthenticity”だと思う。非現実とでもいうのかな?この非現実では、「いいこと」「あっていること」「正しいこと」「そうであること」がない。つまり、いろんなことから解放された状態になる。こういう状態にある時私たちはいろんな自分を試すことができる。そう、「試すことができる」のである。逆に現実の社会では、「いいこと」「あっていること」「正しいこと」「そうであること」があるため、なかなか新しいことに挑戦することができない。
この非現実の中で、今迄経験したことがない「私」をパフォーマンスすることで、普段の私とは違う私をパフォーマンスすることで意外な自分を発見することになった。たとえば、ガヒョンさんを口説いた時、相手がすごく戸惑ったり、困ったりしていても、「口説く」ことが楽しくなってグイグイやってみた。こんな強引なことは普段は絶対やらない(でも、とっても仲がいい人には遊び心をもってやるかな)。それが終わった後、いろいろ考えた。そこで考えたことは「これまで考えたことがないこと」だった。まさにこれが自分にとっての新しい可能性の発見だったのだと思う。
「苦手だと思うこと」についても同様だと思う。これは学生たちをみていて思ったことだけれど、れいなとか一部の学生は、たぶんこういった自己開示というか自己表現があまり得意でないと思う。むしろ苦手なほうだと思う。
でも、何か動くと誰かが反応してくれる安心感があるからか、全員が参加していた。そう、「何か動いてみると誰かが反応してくれる」という実感が「不安や苦手」の克服になっているのではないだろうか。私たちが身動きできなくなる時、たとえば、「こんなこといったら嫌われかも」「反応なかったらいやだな」とその先にあるかもしれない現実を想像して動けなくなる。でも、意外に未来は自分で変えることができることに気づく。動けば誰かが補完してくれる、動けば誰かが反応してくれるという実感。それは、自分は何に縛られて、何を不安に思っていたのだろうかという気づきにはならんだろうか。
このインプロやmini playという非現実でいつもと違う自分をパフォーマンスできたみんなは、現実に戻った時、どうなるんだろうか。それが楽しみ。なつはたちのグループで話し合った事が気になる。


