2018年度(4/12) 第1回目ープロジェクトのはじまり

2018年度の実践科目がはじまりました。どんなメンバーが集まるのかドキドキです。
この授業は20名限定(抽選)で、1年生から4年生が一緒に学びます。
何をするのか、どのようにするかは、学生たち自身が提案します。
そのきっかけは、その時その時に私がもっているリソースとネットワークです。

今回は、偶然にも同級生がRICOHのTHETAの開発部門にいたことから、
360度カメラを貸し出ししてもらえることになり、これを使うことにしました。

360度カメラを使った学生はほとんどいません。
これを使って何ができるか誰も何も知りません。
そんな中でのスタート。どうなるか、何が生み出されるか楽しみです!

7月7日:ワークショップ班ふりかえり

 

こんにちは。しおりと申します。7月7日のワークショップの振り返りを行います。と、その前に、私たちの班がワークショップを行うまでの道のりをお話しさせて下さい。ここまで本当に長かった、、、。

 

まずワークショップ班に配属(?)された後、その中でまた2つのグループに分かれました。私たちのグループメンバーは、私とカヒョンとれいなちゃん。正直このメンバーでワークショップをやると決まって、かなり不安でした。なぜなら私たちのグループには、グループをぐいぐい引っ張っていけるリーダーのような人がいなかったからです。それにアイディアをポンポン出せる人もいなかったため、ワークショップで何をするか決めるのにも、かなり時間がかかりました。3人でたくさん考え、岸先生にアドバイスをもらい、ワークショップ本番2週間前になんとか、何をするか決まりました。そこから具体的にいろいろ決めていったのですが、集まるたびに3人とも、「これで本当にいいのかな?」「ヤバい」「とにかくヤバい」ばかり言っていました。もう1つのワークショップのグループは“リーダー!”という感じの人がいて、準備もどんどん前に進んでいっていたので、それに対しての焦りや劣等感も感じていました。

そしてついに7月7日。本番当日。授業の直前までミーティングを行って挑みました。正直、やる前も全く自信がなく、「このワークショップをあのハイレベルな人たちが集まる授業で行っていいのか」とメンバー全員、ずっと不安に思っていました。

しかし実際にワークショップを行ってみると、結構皆さんが盛り上がってくれて、とにかく安心しました。終わった後にも「面白かった」とか「楽しかった」と言ってくれる人もいて、本当に涙が出るほど嬉しかったです。ワークショップ作りをやって良かったと、この時初めて思いました。

 

今回、ワークショップ班として活動してみて、自分的にはだいぶ成長できたと思います。そう思う理由は2つあります。

まず1つ目は、今までやったことのないことに挑戦できたからです。私はこれまでの人生で、人前に立って何かやることを避け続けてきました。人前で何かやるというのは面倒だし、責任も伴うものだからです。「私はそういうキャラじゃないから」というのを盾にして、逃げてきました。しかし、そんな苦手で未知な分野だからこそ今回はあえて挑戦し、結果無事に終えることができ、自信がつきました。

2つ目は、私たちのグループに、リーダー的な存在の人がいなかったということが挙げられます。リーダーという、圧倒的に頼れる人がいなかったからこそ、メンバーそれぞれが同じ焦りと責任感を持ち、自分の力を発揮させながら、一丸となってワークショップづくりができたと思います。きっと明確なリーダーのような人が私のグループにいたら、私はその人に頼って甘えて、今ほどの達成感や、「成長できた」という実感はなかったと思います。

とにかく、最初はどうなることかと思いましたが、最終的にやってよかったという気持ちしかありません。しかも、「またやってみたいな」と思っている自分もいます。(←今までの自分だったらあり得ない)挑戦してみてよかった!!

 

最後に、クラスの皆さん、岸先生、そしてカヒョンとれいなちゃん、本当にありがとうございました!!

【Story of other’s life 班】振り返り

こんにちは!! 3年の師岡咲季です。

ワードプレス初投稿で、若干緊張しています笑!

まずは私たちの班の活動報告をして、その後にグループ活動を通しての個人的な感想を述べたいと思います。

 

【活動報告】

 6月30日(木)5限

前半は、当日使うワークシートの作成をしました。後半は、実際にシミュレーションをして、デモンストレーションビデオの制作に取りかかろうとしたのですが、時間が足りず断念……。

最初は、実際に私たちがワークショップをして、解説を入れる形式のビデオを撮ろうとしていたのですが、授業時間外でみんな揃って集まるのはスケジュール的に難しいというなり……

そこで発想を変えて、アニメーションを使ってみようとなりました!!

 

7月1日(金)1限

みのりんと私で、『GO Animate』を使って、アニメーション制作に取りかかりました。

リーダーのみのりんが『GO Animate』(https://goanimate.com/)というサイトを紹介してくれて、実際に使ってみたら、とてもとても良かったです!! オススメです!!

  • 『GO Animate』は有料プランを提供していますが、2週間だけ無料で試す

ことができます。キャラクターの種類や動作が豊富で、テンプレートも様々なシーン(会議や学校など)に対応しています。使い方もシンプルで、最初にわかりやすいレクチャーをしてくれるので、すぐに慣れました。皆さんもぜひ使ってみてください!!

 

7月3日(日)18:30〜21:00

中野のグッドモーニングカフェで、みのりんと私で夕ご飯を食べながら笑、アニメーション動画の制作の続きをし、完成させました。

 

7月5日(火)1限

みのりん、のぐえりちゃん、私の三人で実際にワークショップのシミュレーションをし、時間配分を再検討しました。その後は、実際にやってみた感想と改善点などを共有しました。

 

7月6日(水)昼休み

いよいよ明日が本番なので、当日の流れについての最終確認をしました。また芸リンさんはワークショップの導入(目的)の部分、のぐえりちゃんはまとめ(ワークを通してのメッセージ)を考えてくることが宿題で、それぞれの考えをシェアして、ワークショップがやっと完成形になりました!!

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「個人的な感想」

このstory of other’s life班は本当にチームワークが良く、活動していてとても楽しかったし、やりがいがありました。そこで、なぜチームワークが良かったのかを自分なりに分析してみました。

 

  • ワークショップ(Story Telling)に興味があるメンバーでチームが結成されたため、メンバーそれぞれが積極的に活動できたこと。

 

  • 最初にワークショップの目的•目標を共有し、メンバー間で内容についてとことん話し合ったため、途中で方向性のズレが生じたりすることはなく、スムーズに準備に取りかかることができた。

 

  • ワークショップの内容を決める際、メンバーそれぞれが考えてきた個人案を発表した。また、お互いの案の不明瞭な部分は遠慮せずに質問し、理解を深めた。最終的には、それぞれの案の良いところを融合させ、誰もが納得した状態で内容が決まっていった。

 

  • リーダーことみのりんがメンバーそれぞれに役割を割り振ってくれたおかげで、メンバー皆が責任を持って、自分の担当の部分に取り組むことができた。

 

  • 和気藹々とした雰囲気の中、楽しく準備を進めてこれたこと。

などが自分の中で挙げられました。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました!!

6月30日OriHimeチーム(支援学校のみなさんとコラボチーム)

こんにちは、OriHimeチームの日菜子です!

今回の授業では、支援学校の植田先生とのミーティングを主にしました。

支援学校の皆さんとのコラボチームでは、「OriHimeを使った英会話サークル活動」の実施を目標に準備を進めています!なぜ英会話をすることになったかというと、植田先生の授業では英語とICTを勉強しているけれど、なかなか英語を話す機会がないという現状があるからです。

そこで!OriHimeを使って、大阪の生徒さん✖️東京の明大生で英会話をしてみようということになりました?この企画にたどり着いた時、改めてICTの可能性にワクワクしました!

英会話に先立って、支援学校の生徒さんたちともっと仲良くなりたい・外の世界をもっと知ってほしい!という思いから、7月13日に「ミニ・キャンパスツアー」を開催することになりました!

まずはお互いに自己紹介するために、それぞれが東京と大阪にOriHimeでお出かけすることを予定しています。なんだか、瞬間移動みたいで楽しそうです!さらに、せっかく英語の授業だからということで、英語で自己紹介をしようと思います!私たちも、しっかり練習して挑みます。

そのあと、明治大学中野キャンパスの中をちらっとご紹介します!支援学校の生徒さんたちにとって、いつもの学校と違う雰囲気を味わってもらえたら嬉しいです。

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2週間でここまで計画を立ててきて感じるのは、毎授業みんなで頭をフル回転させて考える時間はあっという間だということです。ここまで90分が短く感じるのは食べ放題の時くらいです(笑)というのは冗談ですが、それくらい濃縮した時間の中で、みんなで何かの一つのものを作ってゆく感覚はワクワクします。

最近、たくさんの大人の方から、大学生のうちはたくさん挑戦してたくさん失敗すればよいとアドバイスをいただきます。真っ白で何もないものを一から作ることに、一歩を出しづらい学生もいるとは思いますが、この授業を通して、その一歩はとても楽しいことに気づかされています。

 

引き続き、OriHimeチーム頑張っていきましょう!!

6月30日(第11回) TEAM インプロ振り返り

こんにちは(^O^) なっぱです!6/30インプロ班の振り返りを行いたいと思います。
 
前回に引き続き、今回もイベントの内容造りを行っていきました。(内容はまだ秘密です♪) 前回と大きく違ったことは、明星大学ののどかが授業に参加してくれたことです!(パチパチ)明星大学と合同で創り上げていく今回のインプロ。お互いの意見交換で盛り上がりました。
 
今回、特に難しいなと思ったことは2点。『共通見解を作ることの難しさ』と『インプロを通して何を得てほしいかを考える』ということ。
 
ももこも前回の報告で言ってくれましたが、インプロに対する見解は人様々です。そして、正直言って、多種多様な意見があることは良いことだと思うし、それが普通だと個人的には思っています。
 
ただ、今回のイベントでは『みんなで創り上げていくものである』という点において、共通の意見を持っておくことがとても重要なことであるということを痛感しました。
 
それを1番感じたのは、インプロの内容を考えていた時。私たちは、イベントの中で3〜4つ程のインプロを行おうと考えていました。しかし、実際に出た意見はそれをはるかに上回る数でした(笑)
 
その時に重要なのは、今回のイベントにおける『インプロの共通見解』。これは、二番目の難しさ『インプロを通して何を得てほしいかを考える』ということに繋がっていますが、『イベントが終わったあとの参加者の目指す姿』の共通見解が取れていないと、行うインプロの内容がまとまりません。また、共通見解がないと、主催者としてもイベントのゴールが見えなくなってしまいます。
 
もともと、「新しい自分の発見」と「非日常の発見」などの目的はありましたが、それはどちらかというと一つひとつのインプロに対する目標です。実際にインプロを試してみる中で、もちろん一つひとつのインプロの持つ役割も大切ですが、全体的な流れをきちんと考えて、全てのインプロが終わったあとに目指すべき一つのゴールをきちんと定めて、そこに向かって団結していければと思います。
 
7月30日(土)に予定していたインプロですが、開催は9月の中旬になりそうです!みなさん、是非参加してください(*^^*)

インプロチーム(6/23)

こんにちは、桃です。

インプロ班の活動(6/23)について書きます。
7月末のイベントで行うインプロゲームについて考えてくるのが、授業までのメンバー各々の宿題でした。授業でそれをシェアして実際にやってみると、とっても盛り上がりました。その中でも何をするのかまだ決まっていませんが、楽しみにしていてください!

授業内でインプロについて考えている時思ったのは、インプロって奥が深いということです。どんどん注目されているのもわかる気がします。ただ、インプロの意図って一つじゃないと分かってから難しいなぁと感じて混乱しました。「前後や全体のまとまりを考えて即興すること」が大事と言っている人もいれば、そんなこと考えないで「自由に発想・表現すること」が大事と言う人もいます。どちらもインターネットで見つけたインプロに詳しい方々の意見です。私自身はインプロはのびのびできる機会・笑い声が飛び交うような機会だと捉えてゲームを考えました。だから後者推しでした。でもインプロの醍醐味は何気なくやっている行動を改めて意識してやってみたりすることで他者の気持ちを考えたり自分の行動を振り返ることができるということです。対照的な考え方であるので、どちらにフォーカスするのか考えるのは難しいと感じました。でも、何より、7月末のインプロ参加者の誰かの何かのきっかけになればと思いを大事に、頑張ります。

第10回:ワークショップ班活動

こんにちは!初登場です。小学生フェイスとサイズのみのりんです。
自分でみのりんっていうとかかなりきもいけど、このクラスでの通称なのでお許し下さい笑(*実物はみのりんという呼び名とはかけ離れた人間です(^∇^))

さてさて本題に入りますと…
今回私が報告するのはワークショップ班の活動です!!
ワークショップ班は2つあるのですが私の班は私、さき、のぐえり、芸りんさんの4人で活動しています。(*今回のぐえりは体調不良のためお休み(/ _ ; ))

前回、テーマ•手段が決まったので今回はグループ全体の発表案を決めました。
具体的には、各自で今回の授業までに発表の個人案を作ってきたので、その内容を皆でシェアそしてグループ案にまとめるという作業をしました。
前半はもう一つのワークショップ班から、同じテーマをやりたいがやることが決まってないので一緒にやれる内容かどうか判断するために話し合いに参加させて欲しい!との打診を受けてもう一つの班と一緒に活動していました。(*結局別で活動することになりました)

それぞれの案は同じテーマ、手段で作っているのにどこかしら違うところがあって、2人の案を聞いてそんな考え方があったのかと関心しっぱなしでした。また聞いている時に大事だと思ったのが”わかったふりをしないこと!!”です。少しでも疑問に思ったことはちゃんと質問しないと話の流れがわからず、結局全体が理解できなくなってしまうからです。なので内心鬱陶しい奴だなと思いつつわからないところはその度に質問しました。そして質問してみて発見したことは、質問したことを理解できた後はその人との心の距離が縮まったということです。いちいち質問することは、気をつけなければ相手の説明や意見を否定しているように聞こえてしまいます。私達の班で質問が多く、時にはその過程で相手の意見を否定したのにも関わらず、誰も不快な気分にならなかったのは、皆相手を尊重して話していたからだと思います。また適切な質問をするというのは相手の話をきちんと聞いていたという証拠でもあります。話を聞いていない人はわけのわからない質問をするか、相手の話を聞き流すしかできません。適切な質問をし、答えるという過程で私達は目の前の相手に対して誤魔化さず真剣に向き合っていたのです。それゆえ相手がその問いに一生懸命答えてくれ理解し合えた後は、お互いに相手のことを自分に対して向き合ってくれる人だと認識し、信頼感が生まれて心の距離が縮まったと感じました。
思えば、私は普段どうでもいいこと、あまり親しくない相手に対しては、質問することが面倒でまた聞きづらくて、会話の中で疑問に思ったことがあっても適当に受け流してしまったことが多くありました。ただ今回の経験を通して、質問することで相手との信頼関係が築けるなら面倒臭さや気まずさに目をつむり親しくない相手にもちゃんと質問していきたい、向きあっていきたい思いました。

前述の通り不明な点についていちいち確認していたので予定より時間はかかりましたが、授業の終了直前にグループ案が完成しました。個人案を考えた時には無理かなと思っていたことがグループ皆で話しあっている内に解決策が出て、3人寄れば文殊の知恵ということわざを体感できました。そのおかげで妥協ゼロの良いグループ案が出来たと思います。来週は実際に案を皆でやってみたり、クラスの皆にどのようにワークショップをわかりやすく伝えるか等についてやります。来週も今週と同様充実したグループワークができれば!と思います。

拙い文章、最後までお読み頂きありがとうございました(^^)

第9回:グループ分け!

Guten tag! DENです!

6/16日の授業では今後の活動に合わせてグループ分けを行いました。
今後の活動:

  • ワークショップ斑
  • OriHime班(OriHimeに関してはこちら
  • インプロ班

人数に多少の制限がありましたが、各々が自分の望むグループに入りました。
これからの授業は新しいことに挑戦して発達していきながら、アウトプットをまとめていきます。

ちなみにDENはインプロ班所属です。意気込みとしては、アウトプットの前にグループメンバーが楽しめるような活動をしていきたいかな!

藤原さんへのインタビューまとめ、締め切りを迎えました。今後、どこかのタイミングでまとめを発表します。

以上!

発言力を身につけたい!

どうも!記事を書くのは久しぶり、未喜です。

6月2日に行ったワールドカフェでホストになりまして、私のグループで話し合ったことについて書きたいと思います。大変遅れました。

 

議題 ◎ 発言力を身につけたい!

 

岸先生率いるこの実践科目の授業ではとにかく発言することが大事。というか発言しないと授業が進まない。自分の意見は持って、発信して、なんぼ!

でもそれって、多くの人にとっては難しいこと。この授業でもどんどん意見を出す人は限られてしまっている。そんな状況を少しでも変えたいね、という意見から生まれたこの議題。この議題に食いついた私のグループの人は大体、自分の発言力に自信のない人だったと思います。

 

まず話に上がるのは「どうして発言できないのか?」

  • 自分の意見を上げる前に意見を聞くと納得してしまう
  • 周囲の顔色を窺ってしまう。場がしらけたらいやだ
  • 知識力、語彙力の不足。経験値がない

 

じゃあこれらの問題を「どうやって解決していく?」

  • 自分の意見を上げる前に意見を聞くと納得してしまう。

→発言をする人の意見が絶対的なわけではなくて、発言をしている人だってみんなの意見を聞きたい。議論を促すために発言をするときだってある。だから、自分の意見の正当性を頭でごちゃごちゃ考える前にとにかく話始めてしまえば良し!

自分が話せないときは周りのひとに振ってみるのもアリ。みんな振れば話せるから。「○○はどう思う?」むちゃぶりを推奨していこう!

 

  • 周囲の顔色を窺ってしまう。場がしらけたらいやだ

周りのことを気にするのは、自分に自信がないから。自分のことを好きになっていければ、意見を言いやすくなる。周りのことなんて関係ない、そんな姿勢も大切。もちろん場数をふむことも自信を持つ近道。

それと、「●知識力、語彙力の不足。経験値がない」にも通じてくることだけど、自分のことを好きになるひとつの方法として、好きなものに対する知識や経験を増やしていくというのも効果的なのでは、という意見も出ました。

場に慣れて、自分の中の意見を言うハードルをどんどん低くしていこう!

 

 

述べてきたことはもちろん一朝一夕でできることではありません。でも、意識していくだけで、ひとつ実践できるだけで、何か変わるかもしれない、と思います。

 

最終的にこの授業に関してだけでいうと、小さなスローガンができました。

「発言力を持つ諸先輩たちを黙らせていこう!」

 

 

文責・景山未喜

第7回 楽しすぎる振り返りーインプロとmini playを通してー

「やったことがないことを、私たちはどうやって乗り越えていくのか」

そもそもこういうテーマについて、話し合えるなんてすごく面白い!

インプロやmini playを経験した後のグループリフレクションで、学生たちからみんなで話し合いたい(振り返りたい)テーマを出してもらったところ、ひなこが本トピックを提案してくれた。

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いやいや、この視点が面白い。あまりにも面白いと思ったので、横で聞いているだけではウズウズするだけで気になって仕方がないので、私も参加させてもらった。

まのには、学生たちのダイアローグの様子をビデオにとるように言われていたのをすっかりわすれて・・・(笑)

improやmini playでは、多くの学生にとって「やったことがないことができた」「苦手だと思っていたことができた」という経験になったようである。私にとってもそうかもしれない。あの場では、「いつもと違う私」をパフォーマンスする。講義の授業で、靴を脱ぐなんてありえない。学生を口説く(好きになっちゃったという設定だったので^^)こともありえない。そもそも口説いた経験なんてない。なのに、それができてしまう、それはなんでだろうか。

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※ガヒョンさんを口説く私。なぜか足を組む方向がガヒョンさんに向く(笑)。

いくつかあるんだろうけど、私が特にこれ!って思ったのは、“inauthenticity”だと思う。非現実とでもいうのかな?この非現実では、「いいこと」「あっていること」「正しいこと」「そうであること」がない。つまり、いろんなことから解放された状態になる。こういう状態にある時私たちはいろんな自分を試すことができる。そう、「試すことができる」のである。逆に現実の社会では、「いいこと」「あっていること」「正しいこと」「そうであること」があるため、なかなか新しいことに挑戦することができない。

この非現実の中で、今迄経験したことがない「私」をパフォーマンスすることで、普段の私とは違う私をパフォーマンスすることで意外な自分を発見することになった。たとえば、ガヒョンさんを口説いた時、相手がすごく戸惑ったり、困ったりしていても、「口説く」ことが楽しくなってグイグイやってみた。こんな強引なことは普段は絶対やらない(でも、とっても仲がいい人には遊び心をもってやるかな)。それが終わった後、いろいろ考えた。そこで考えたことは「これまで考えたことがないこと」だった。まさにこれが自分にとっての新しい可能性の発見だったのだと思う。

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「苦手だと思うこと」についても同様だと思う。これは学生たちをみていて思ったことだけれど、れいなとか一部の学生は、たぶんこういった自己開示というか自己表現があまり得意でないと思う。むしろ苦手なほうだと思う。

でも、何か動くと誰かが反応してくれる安心感があるからか、全員が参加していた。そう、「何か動いてみると誰かが反応してくれる」という実感が「不安や苦手」の克服になっているのではないだろうか。私たちが身動きできなくなる時、たとえば、「こんなこといったら嫌われかも」「反応なかったらいやだな」とその先にあるかもしれない現実を想像して動けなくなる。でも、意外に未来は自分で変えることができることに気づく。動けば誰かが補完してくれる、動けば誰かが反応してくれるという実感。それは、自分は何に縛られて、何を不安に思っていたのだろうかという気づきにはならんだろうか。

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このインプロやmini playという非現実でいつもと違う自分をパフォーマンスできたみんなは、現実に戻った時、どうなるんだろうか。それが楽しみ。なつはたちのグループで話し合った事が気になる。

『振り返り』について考えた『振り返り』

こんにちは、モトキです。今日も長文おつきあいお願いします!

私たちのクラスでは、授業の後で『内省』が必須となっている。

私たちの授業は極めて白熱している。他の授業のように、スマートフォンから発せられた光を網膜に感じ取ることや、壮大なストーリーを掻き立てるようなレム睡眠を誘発させるような生徒はまず見られない。私が最近授業中に見た夢は…おっとそこから先は野暮というものだろう。

つまるところ、本授業中は極めて白熱しているのである。

読者諸君はお気づきだろうか。寝るのは授業中だけにして、目を見開いてもう一度よく読んでいただきたい。

授業中『は』白熱しているのである。

一旦教室から離れると、それぞれが自我を解放する。すなわち授業に起こったことは忘却の彼方へと追いやられてしまうのである。

光陰矢の如し、時間の経つのはあっという間だ。
夏休みもすぐさまやってくるだろう。
『君がいた夏は 遠い夢の中♪
空に消えてった 打ち上げ花火♪』

『僕がいた授業 遠い記憶の中♪
書くの忘れてた 反省課題♪』

青春の思い出の一ページとして、打ち上げ花火は大きな意味を持つ。
その一瞬で終わる儚さ、それを乗り越え、また若者は次へ進むのである。それ経てこそ、花火はノスタルジーではなく良き思い出と変わるのである。クリスマスにまで夏の思い出を引きずっているやつにロクなやつはいない。それを可能にするために、一時的に忘れ、その瞬間に傾倒することが人の頭の中で無意識に行われるだろう。
いつまでも消えていかず空に滞留している花火は若者のモラトリアムを助長するだけで何の価値も介在されない。

しかし、いちいち授業が終わるたびにその余韻に浸っていては、次の授業に遅刻するのでさっさとそれは乗り越えて欲しいのだが、その起こったことをすべて忘れてしまっては困るのである。

この授業のテーマは「My Development Project」であり、自分自信を成長のために何ができるのか?ということである。

一般的に成長の定義は諸説存在する。子供はほっておいても、身長が増加し、大人へと近づいていく。大人も、油断すると体長が増え、肥大化する。この栄養を体に取り組んだゆえの外見の変化は、一種の成長とも言えるだろう。
この授業における『成長』を担当教員の考えを参考に再定義を行った。
①経験(授業中になにか、新しい、刺激的なことを行った。他の人の意見を聞いた。)
②それを振り返る(具体的にあったことを分解する。)
③抽象化(そのこゝの出来事に意味づけを行う。)
④教訓(その見出した意味を自分の行動、思考に反映させる。)
それを踏まえて再び①経験フェーズに戻ることで、仮に同じ経験だとしても新たな気づきがあったり、これまで不可能だったことを経験できるようになる。ここではこの繰り返しによって起こる変化を『成長』と定義しよう。

それではなぜ学生はこの課題に関して消極的だったのか。
『結局学生がいい加減である。』と結論付け、その解決策として提出を怠った場合即ゲームオーバー(失単位)とすれば簡単である。幸か不幸か私は探究心の塊と言う性なので、向き合って行きたい。

一番に思いついたことは『振り返り』をすることの意味、目的がよく分からないということではないだろうか。
初回の授業から今に至るまで、その意味について言及されたことはなかった。確かに納得ができないことを、決まってるからやれと強制されることほど理不尽で、気が進まないことはない。

先ほどまで、書き連ねた『成長』の定義こそがその理由であるのだが、考え方の抽象度が高いために、それを自身に投影することができず状況は変わらないと思われる。これを身をもって実感してもらうことができれば一番である。

より具体的な方策に踏み込んでいきたい。

現在振り返りの方法として学内支援システムの授業毎の掲示板が採用されている。理由は保存スペースとして優秀であり、また生徒の個人情報のデータベースとの紐付けも行われているため担当教員が、数年後に『振り返る』ことを可能にしてくれるからだ。

しかし、現状を省みるとそれが機能していないのは明らかであり、何かしらの変化は必要である。

この議論を進めていく中で、振り返りのモデルとして成功しているメディア例としてフェイスブックが挙げられた。

フェイスブックは、学生と社会人(教授含む)が『友達』であることは稀有ではない。
このように多方面からの繋がりが存在し、珍奇な投稿は敬遠される傾向にある。つまり報告や、進退、生活環境のの変化、区切りなど大きな出来事が投稿の対象になりやすい。記憶に新しい例は、昨年(2015年)にパリのテロが発生した際に、普段テロやイスラムのような難しい話題を避けてきた人たちが突然コラムニストへと変貌し、持論を展開していた様は記憶に新しい。(他地域のテロに関しては全くと言っていいほど盛り上がらなかったのは不思議であるが。)逆に『腹減ったー』とか『暇〜』のような中身の伴わない発言は敬遠される傾向にある。(多くのユーザーにとってその機能を担うのはtwitterやインスタグラムであるとも言える。)

とどのつまり、フェイスブックの投稿には神経を使うのである。

そんなリスクを孕むフェイスブックを人々は何故利用するのだろうか。他媒体との差を生み出したのは、文章を世に送り出した先に存在する。

それは『いいね』と『コメント』といったフィードバックである。フェイスブックユーザーの読者諸君は良かれと思って投稿したにもかかわらず、あまり『いいね』を押してもらえなかった経験はおありだろうか。その投稿は他の読者にとっては『寒い』もしくは『つまらない』投稿でしかなかったのである。日本人はあまり他者に注意をしない傾向があり、大したことなくても『とりあえず褒めとけ』の精神が根強い(と思う)。しかし、直接対面しないからであろうか、日本人が『いいね』を押すかどうかの判定は極めてシビアである。

補足的に、私自身もかつての投稿を振り返ると、自分を揺るがすほどの大事件にはたくさんいいねが付き、大したことのない投稿だと、ほぼゼロであるから、しっかりと判定は行われているといえるだろう。

そんな状況だからこそ、自信のある考えがあるとき、人々はこぞってフェイスブックに自らの思いを連ねるのである。

投稿にあたり、当然『書く』という動作が伴われる。
『書く』と『話す』の1番の違いは、『他者性』にある。
話すの場合、相手が目の前にいるか、もしくは電話越しか、とにかく相手の発する言葉に対して何かしらのレスポンスを早急に求められる。もしあなたが友人に何か話しかけたとして、その都度15分間待たされていたら、その友人とはうまくやっていけるだろうか。『話す』に求められるのは運動神経に近い。

一方『書く』には、存分に時間が与えられる。(作家やライター、学生等には〆切が存在するが、『聞いてから5秒以内に書き始めろ。なお、後戻りは許されない。』というシチュエーションはまずないだろう。唯一思いつくものとして、入試等のテストであり、それは、短時間でまとめ、発信する『話す』に、近いと言えるだろう。

与えられた時間はそれは読み返すのにも使われる。つまり、もし話に整合性がなければ、自分の書いたことに対し気持ち悪さを覚え書き直すだろう。また単純なメモを除き、何かを書くとき場面では経験した事実の羅列で満足いく人はいない。『付け合わせの人参とポテトのないステーキなど言語道断理論』がここで適用される。その一つ一つの事実にスパイスである抽象的な考え(感想、反省)で彩る必要性がある。
例えば『友達とご飯を食べた!!』という事実があるとすると、例えば『もっと就活の話をすればよかった。』と『遠慮しないでステーキ頼めばよかった。』か、極端なことを言うと『楽しかった』のような、自らの考えを添えることで『ご飯を食べた』という事実が、意味を持ち、その意味が大きければ大きいほど自分にとって重要な出来事であったと言える。
他の例として、仮に卒業式をテーマに文章を書くとした場合、『大きなホールで偉い人の話を聞いた』という無味乾燥な事実が、その背景にある4年間の学生生活をベースに様々なことを考え、書き加えるために一大事となるのである。もし友人が卒業式について書いた何かを読む機会があれば、見て欲しい。卒業式の時に起こった何か(校歌を歌ったとか)を書いてる人など誰一人もいないと気づくだろう。

ここでいい加減な感想を付け加えては文章としては、ステーキの付け合わせにお刺身がきたのと同じぐらいナンセンスである。人は文章を書く時には無意識のうちに、たくさんあるうちの感想から、その事実に一番ふさわしいものを選別しそれを書くのである。

これが反省とは何のつながりがあるのだろうか?
起こった出来事に関してしっかりと文章に表すことは、その事実をしっかりと『振り返り』意味を与える作業に他ならない。
その意味の積み重ねこそが『教訓』であり、それを重ねることで成長を望めるのである。

話をフェイスブックに戻そう。これに関しては、『いいね』や『コメント』がその自分の蓄えた『教訓』に対する一種の評価基準となるため、もらえると嬉しいのであり、また一生懸命になるのである。ここで評価をもらえた『教訓』はより信頼できるものとして蓄えられていくことだろう。

フェイスブックの持つ三つの要素、1.誰でも(目上の人なども)読めるオープンな環境、2.その発信は自動的に行われタイムライン上に現れる。、3.他の人からのフィードバック(『いいね』や『コメント』)が『振り返り』の求める条件合致していたと言える。

しかし何もフェイスブックが、そもそも『書く』が自省のための最高のメディアというわけではない。
世の中には『書く』を苦手と感じ拷問とさえ感じる人も多数存在する。そういった人たちからすると早く書き終えてしまいたいのであり、十分な振り返りも行われないことだろう。

逆に考えると三つの要素を持ったらば『振り返えり』ができるとも考えられ、『書く』の代わりに動画やパワーポイントでまとめて、ツイッターやフェイスブックやブログに発信することや、youtubeに流してみたり、インスタグラムを使うことだって十分振り返りのためのメディアと機能する。

どうせやるなら『楽しく』。
『内省(=振り返り)』という小難しい言葉を実現しようとしていたのがそもそもの過ちで有った。自分の好きなメディアを通して、見聞きしたことに意味をつけていく作業を楽しんでいるうちに、自然とその中で質の高い『反省』が行われる。それを通していくことこそが、私たちのクラスの最終目標である『成長』への近道であると結論付けて筆を置きたい。